自分を信じる力
心と体と精神(魂)の土台
もう20年も前の話ですが、学習塾に通い、期待されて受験した高校に合格できず自死したお子さんがいました。
親が厳しすぎたとか、親の言うことを聞き過ぎの子だったとかそんな噂話でこの悲しい事件は忘れられていきましたが、大人になって振り返ると「たかが高校受験に落ちた事くらいで」と思う高校受験も、現時点受験生の当の本人にとっては人生の一大事で受験に落ちたら人生終わりほどに感じるものなのです。しかも地元の名士で医者一族だったりするとそのプレッシャーはとんでもない重積になっている事でしょう。
これは、いささか大袈裟な事例かもしれませんが、実はこども達は多かれ少なかれ背中に大きな「親」という荷物を背負って生きています。
親がそれほど教育熱心でうるさくないとしても、(うるさくないと自覚していても実際熱心な場合の方が多いですが)こどもはお父さんやおじいちゃんの経歴や学歴を尊敬していたり、お母さんが大好きで喜ばせたいと思っていたりするので、勝手に背負ってしまうものなのです。
「お父さんは〇〇にお勤めで立派ねぇ」と近所のおばちゃんに言われたり、余計な大人の観念がこどもたちの全く自由な価値観を拘束してゆくのですが、
この悪気なく、知らないうちに自分を生きられなくなっていく檻から出るために、必要なのは降ってくる現実に対して「本当にそうなのかな?」と疑問を抱いたり、「先生は〇〇と言うけれど、それはやりたくない」と自分が感じるものをきちんと自分で受け留められる土台なのです。
それは、自分を信じられる力になります。